« レンゼッティー ツールスタンド | トップページ | 邂逅~フライフィッシング~ その8 »

2007年5月23日 (水)

邂逅~フライフィッシング~ その7

大学生になって、故郷を離れた。でも釣りはやめなかった。大学時代はミノーの時代。はまりにはまった。なけなしのバイト代で少しずつミノーを買いためていった。パニッシュ、ヴィクセン、ラパラ…そして、トゥインクル。1個1000円以上もするミノーを毎月ちょっとずつ買うヨロコビを感じていた。ロッドも軽いミノーを効率よくとばせるロッドを使いだした。トゥイッチング、ユーエフェクト、いろんなテクニックで魚を釣った。本流でも魚が以前より釣れるようになったし、釣れる魚のサイズも大きかった。何よりも、ガンガン瀬から猛然とミノーに襲いかかる魚を釣るのが最高に楽しかった。こんな場所で魚がかかるとリールが逆転して「ジージー」とうなる。この一瞬が最高。いつまでも魚とやりとりしていたいけれど、はやく魚を手元まで寄せたい…そんなココロの矛盾を感じるのが楽しかった。自分のミノーでの釣りがそこそこ通用するのではないかと自信を持ち始めたのは、渚滑川、阿寒川での釣りだった。多くの釣り人と闘ってきた歴戦の勇者のような魚を釣ることができた。それからは、もうミノーばかりの釣りだった。湖でも、ミノー。寒い朱鞠内湖で1日立ち込んで粘りに粘ってミノーで釣った銀ぴかのサクラマスは今でも鮮明に心に残っている。まさに、ペイシェント、ペイシェント、ペイシェント…釣りは忍耐の芸術である…。初めてイトウに逢ったのは大学4年生だった。忘れもしない雪の中、前述の私が勝手に師匠と思っている故郷のフライマンと一緒に行った、猿払だった。猛然とボイルを繰り返すイトウ。しかし、さっぱり釣れない。自信のミノーにもなかなか反応しない。そんな中、猿骨川で小さなイトウを一匹釣った。最高にうれしかった。小さかったけど、イトウはイトウ。忍耐を要して釣った魚にはサイズによらず、大きな価値があることを感じだした。たくさん釣ることももちろん楽しい。大きい魚が釣れればすごくうれしい。だけど、自分が立てた戦略、テクニック、流れを読み、魚がヒットする瞬間を予想して、その予想通りに魚がヒットしたときのヨロコビを釣りの第一の醍醐味と感じだした。自然と川と魚と話をすること…自然を観察すること…自然を感じること…そんな楽しみを味わうようになった。

 フライで釣る割合が増えていったのも大学生のころだった。旭川に住んでいて近郊に大きな管理釣り場ができた。ウェーディングも許されていた。ここでフライの腕を磨いた。行きつけのフライショップが管理していて、そこの店員さんと仲良くなっていろいろ教えてもらった。ドライフライの釣りがメインだった。そのうちオリーブマラブーのテール、ビーズヘッドの簡単なニンフというかウーリーバガーもどきのようなフライを沈めたり、引っ張ったりして魚を釣るのがおもしろくなった。通いに通った。モーニングタイム3時間の料金が安くて、講義の前に3時間くらい釣りに行っていた。今もまあ、そこそこ元気だが、あの頃は、たいして寝なくても大丈夫だった。夜な夜なフライを巻いては朝、釣りに通う。そんな生活だった。

|

« レンゼッティー ツールスタンド | トップページ | 邂逅~フライフィッシング~ その8 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/191232/15177385

この記事へのトラックバック一覧です: 邂逅~フライフィッシング~ その7:

» 管理釣り場情報 [管理釣り場情報]
管理釣り場情報を掲載。よろしくお願いします。 [続きを読む]

受信: 2007年5月24日 (木) 21時03分

« レンゼッティー ツールスタンド | トップページ | 邂逅~フライフィッシング~ その8 »