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2008年2月23日 (土)

イトウ釣り 自粛要請

 昨日の北海道新聞に「道がイトウの繁殖期の釣り自粛要請」という記事が掲載されていました。

 この記事を読んでいろんなことを考え、感じました。イトウがこの北海道に未来永劫、力強く泳いでいて欲しい。そしていつまでも憧れの巨魚として、湿原の主として生き続けていて欲しい。クレージーフライフィッシャーとして考えたことを綴りたいと思います。

 私にとってイトウは憧れの巨大魚であり、夢。イトウを保護していこうという考えに私は大賛成。死ぬまでイトウとつき合っていきたいし、この北海道からイトウがいなくなってしまうなんてことは絶対に避けなくてはならないと私は強く思います。

 北海道は、4,5月の繁殖期にイトウ釣りの自粛要請を呼びかける方針を固めたようです。しかし、全道一律にこんなことをやってもまったく意味がないと私は思うのです。このような取り組みをしてどんな効果が生まれるのか、少し考えただけでもかなり疑問符がつきます。行政としてイトウの保護を訴えていくことに反論はありません。しかし、その方法はもっと考える必要があると思います。

 そもそも、イトウが絶滅危惧種に追い込まれた原因は何のでしょうか。河川改修でイトウがすめる深い淵などがなくなったり、無駄な砂防ダムなどで河川を分断したり、行政が荷担した影響については少しか考えているのでしょうか。そんなところもはっきりせずに、あたかも釣り人がイトウを釣ることが原因かのようです。

 私は行政のこういう矛盾した姿勢に納得がいきません。一方でイトウの保護を訴え、一方ではサンル川にもダムを造ろうとしている。サクラマスの遡上には影響がないと言っているがそんなはずはない。イトウとサンルダムは別の話かもしれませんが、まったく説得力がない。

 ゆくゆくはイトウ釣りを完全に規制する方向性に向かうと思います。これには大反対です。イトウ釣りができなくなるから反対ではありません。こんなことをしてもいい方向にはいかないと思うからです。

 行政は人の手の届かないところに自然をくくればそれが自然保護だと思っているように感じます。北海道の川でイトウを釣るのはダメという条例を作ってもなんら保護にはつながらないと私は思うのです。逆に釣れなくなったイトウに価値がついて、密漁が横行して産卵期のイトウが乱獲されるということにもつながりかねません。

 私は自然と触れ合ってこそ、自然の大切さに気づき、考えます。例えば写真でしか見たことのなかった沖縄のマングローブ。もちろんその大切さについては自覚していたつもりでした。でも、この自然の中をカヤックで観察したり、そこに住む写真には写らない小さな生物の命の営みを見て、触れて感じることで、あらためてその大切さを違う次元でとらえ考えるようになりました。

 触れ合うことのできない自然に対しては考え・感じることができなくなります。何も考えが巡らない、思考停止状態の自然を保護しようとか、何とか良い方向へ持っていこうと考えるでしょうか?身近に自然を感じてこそ、手の届く自然であるからこそなんとかしようという考えや気持ちが沸いてくるのではないでしょうか。手の届かない触れ合うことのできない自然は作ってはならず、こんな自然の存在は危険だと思います。

 イトウだってそうです。イトウと触れ合うことが多くなって最近ほんとにイトウについて、イトウを取り巻く自然環境についてよく考えるようになりました。自然に対する考え方は独りよがりのわがままな考え方だけはしたくないので、本を読んだり、色んな人のホームページを見たり、新聞の切り抜きをもう一度読み返したり、論文を読んだりして、考えをふくらませるようにしています。

 猿払川をはじめとして、各水系でたくさんの人達がイトウを守る取り組みをしてくれています。釣り人はイトウと友だちです。親友のイトウと触れ合っているから、イトウの実態や生態がよくわかっています。そして、なによりもイトウと出会うことで、北の大地の自然のすばらしさを感じていると思います。身近な親友のことだからこそ、釣り人はイトウについて自然についてよく考えているはずです。

 釣り人はイトウを守り、自然を守り、維持していこうと、考えているはずです。そして地域の実態に見合ったルールをつくり、イトウを保護する取り組みの中心となっているのは釣り人なんです。このままずーっとイトウとつき合っていたいから…。

 魚と触れ合い、自然の中に入り込んで、幸せを感じ、本来の自分を取り戻す我々釣り人は、これからの自然のことを考えることができる存在だと思います。私はこれからも楽しい釣りがしたいから、すばらしい魚と逢いたいから、それから懐の深い自然にとけ込んでいたいから、自然を愛し、自然を守っていきたい、そう考えています。

 私は、人の手の届かない自然を作って保護するのではなく、触れ合って考えて・感じることで保護することができると思うのです。そして、何でも一律にくくってしまうのではなく、地域に合わせた取り組みをすることが大事だと考えます。

 私の中にいつも流れている故郷の川を見つめて、亡くなった祖父がよくいってました。

 「昔はな、この川にも丸太ん棒みたいなイトウがいたんだぞ」

 今、思い返すと祖父の目はなんだか寂しげだったように思います。

 行政の考えも、釣り人の考えも、学者の考えも、いろんな考えを言い合って、いろんな考えを融合させて、最善の道をさぐっていくことが何よりだと思います。

 このブログの場でみなさんといろいろ語りたいです。

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